椎子さんには最低限生活するための知識と大まかな記憶しか
インストールされていなかった。一気にすべての記憶を
植え込むのは負荷がかかりすぎるのだそうだ。
これから週に一度由梨江さんの病院に通って、少しづつ
思い出をうつしかえて行くことになる。
今の椎子さんが覚えているのはすごく漠然としたことばかりで
それもよほど大事なことに限るらしい。
僕はこわごわ、僕が誰だか分るかと尋ねてみた。

「たかしさん。しいこの大好きな人、ですよね?」

兄なのか医者なのか、はたまた父親なのかさえ分っていない
様子だったけれど、僕はその曖昧な答えが
とてもとても嬉しかったんだ。

朝、たんすの前で椎子さんが困っていた。
むかし使っていた下着をつけようとしたら大きすぎたらしい。
「おかしいです…しいこのなのに、どうして合わないですか?」
僕が(少し恥ずかしい思いをして)買っておいたローティーン用の
ものを出してあげると、椎子さんはしぶしぶとそれを身につけた。

ずいぶん小さくなってしまったんだなあと、僕は改めて感じた。

今日は病院で記憶の移植が行われるので、僕は仕事の時間を
少し遅らせて付き添うことにした。

26年にわたる椎子さんの記憶は火葬が行われる前に保存され、
一枚のサテライトディスクに収められていた。
この薄い円盤が椎子さんのすべてなんだ。
そう思うと、胸がちくちく痛くなった。

小さな椎子さんに記憶がコピーされ、彼女はすこしづつ
僕の知っている椎子さんに近付いて行く。
僕は複雑な気持ちでガラス越しの作業を見守っていた。

「………ごめんなさい椎子、孝さん」

由梨江さんのかすかなつぶやきは、機械のうなりに紛れて
僕には聞き取れなかった。

+マエ+ +モドル+ +ツギ+

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